myonemur's Blog
ここにサブタイトルが入ります
HOME
Admin
スポンサードリンク
この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、
プレミアムユーザー
になると常に非表示になります。
日本児童文学学会 9月例会と大藤信郎未公開映像
新宿で開催された日本児童文学学会9月例会に出席した。いつも参加しようと考えていながら、研究会などと重なることが多く、久しぶりに参加できた。イギリス文学における煙突少年の表象と、「赤毛のアン」の服装のモードについてのご発表で、とくに前者は、フランス初期のアニメーション「王と鳥」について新たな知見を得ることもできて、また質疑応答も含めて、有意義だった。例会のあと、初対面と方ともお茶をして、そのまま品川から新幹線に乗り、神戸へ。大藤信郎の未公開映像を観ることができた。大藤の研究をまとめようとして、まだ論文化していない・・・。
2013/09/11(水)
00:59
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
「白い巨塔」(2003年版)とアウシュビッツ
研究所の研修でポーランドに行き、アウシュビッツとビルケナウの収容所に足を運んだ。「負の遺産」を直接目前にして、思い出したことの一つは、山崎豊子の小説『白い巨塔』の2003年版のTVドラマの1シーンだった。10年ほど前にみた映像でひどく印象に残っていた「画」は、見渡す限り立ち並ぶ茫漠たる収容所と線路だった。それが、ビルケナウの方だったのだと今更ながら気づいた。
再度、確認してみたいため、DVDで「白い巨塔」第11話を取り寄せ観た。野心家の医師・財前がワルシャワの学会に出席した際、アウシュビッツを訪れるのだ。今回研修の視察で観たアウシュビッツも、ビルケナウも、展示された写真も髪の毛もガス室も、映像は映し出していた。しかし、10年後の私の記憶に深く刻まれていたのは、ほかでもないビルケナウの茫漠さと線路だった。そして、今回、実際に目にして、やはり最も心に焼き付けられたのは、同じ風景だった。
2003年のTV版は、世界で初めてアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所がフィクション作品のロケが行われたという。何気なしに観ていたTVドラマの享受が後になって深く関連したケースだった。
2013/09/06(金)
02:37
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
宮崎駿監督の引退表明
ポーランド、チェコの研修から帰国したとき、知人からの第一報は、アニメーション監督の宮崎駿監督の引退発言についてだった。少し前から、宮崎監督はある方に後継者を決めているのでは、と考えていたが、突然の引退表明に驚くばかり。
『崖の上のポニョ』も『風立ちぬ』も、私は個人的にはとても好きな作品だ。80歳を超えても作品を作り続けるアニメーション監督、作家さんはいる。その時代、その時点でしか生み出せないものがある。そのタイミングを逃すことなく、これからも映画をつくってほしい。これまでのような長編ではないかもしれないが、短編は作ってゆくのだろう。人によっては、一つの作品を観る/読むことによって世界の見方が変わることだってある。大学でジブリのアニメーション映画を教えてきて、宮崎監督は、そのような作品を作ってきたと実感している。引退発言は早すぎる。
大学の広報課を通じて、雑誌社から宮崎監督の引退発言について取材の依頼があった。企画書もしっかりしていたが、まだ宮崎監督が引退表明したばかりで、会見も後日。先日は、ニッポン放送の取材を受け、お話させていただいたが、恐縮ながら、今回の取材は見送らせていただいた。次回にお声をかけてください。
2013/09/03(火)
23:43
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
カレル・ゼマン博物館 チェコ・プラハ
ポーランドでアウシュビッツ強制収容所等を視察し、日本人唯一の通訳者の方と会食。膨大な収容所跡を目前にし、茫然とするばかりだった。チェコ・プラハに移動し、プラハのユダヤ人街を視察する。私の研究課題である、カレル・ゼマン博物館に行くことができ、館員の方とも話をすることができた。私が持参した日本語で書かれたカタログを観て、入手したがっていた。一日目はチェコ語の通訳をつけて、二日目は一人で。子供もわくわく楽しめる、非常に工夫に満ちた博物館だった。大学の授業でも教えるつもりだが、ぜひ、どこかで紹介したいと思う。プラハを訪れた人は、ぜひ尋ねてほしい。カレル橋を渡ったところにあり、開館したばかり。通訳の方にも、館員の方にも、「どうやって、この博物館のことを知ったのか?」と尋ねられた。
プラハの街を歩き、いろいろな彫刻を目にして、ゼマンの世界を少し理解することができたよう思った。
アニメーション監督でもあった川本喜八郎さんが、人形アニメーション監督のトルンカに憧れてチェコに渡ったという気持ちがよくわかる。私もチェコ語というハードルを超えて、再度プラハを訪れたいと思いに駆られた。数年のうちに、再度プラハを訪れて、今度は人形劇やカフカの博物館を観たいと思った。
2013/09/03(火)
23:28
UNARRANGEMENT
PERMALINK
COM(0)
スポンサードリンク
この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、
プレミアムユーザー
になると常に非表示になります。
top
CALENDER
<<
2013年9月
>>
日
月
火
水
木
金
土
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
CATEGORY
UNARRANGEMENT
(261)
ARCHIVES
2021年4月
(1)
2020年2月
(1)
2019年12月
(1)
2018年9月
(1)
2017年12月
(1)
2017年7月
(1)
2016年10月
(1)
2016年4月
(2)
2016年2月
(2)
2016年1月
(1)
NEW RECENT
SEARCH FORM