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基礎ゼミ、ゼミナール等の事実上の授業が始まった。昨年の反省点をふまえて、今年は少し変化をつけてみた。なるべくゼミ生同士が交流できるようなグループわけや、そのような場をつくること。学生たちは大人なのだから教員が前面に出ないことも必要なのだろうなと思った。
 今年はすべてのゼミにピクシレーションの撮影を入れてみた。専大に来る前に担当してきたゼミはいずれも学年別のゼミだったので、専大にきてから初めて学年合同のゼミになり戸惑いもあったけれど、先輩が経験を生かして新入生を撮影に誘導して、合同ゼミもなかなかよいものだと思った。
 夜は新歓コンパ。2ゼミ合同開催。
2010/04/20(火) 13:26 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
最近、タイム・トラヴェルものの小説や映画がとみに散見されるようになった。たとえばある批評家はいわゆる仮定方過去完了を意識して小説を書いている。「もしあの時~していれば、~だったろうに」という型だ。どんな「成功者」でも、昔別の振る舞いをすれば、現在にあり得たかもしれない自分について思い馳せるというのだ。
 後になって振り返ってわかることはたくさんある。たとえば二十歳の頃の自分。私はぬかるみを歩いているような気分だった。このままトンネルの中から抜け出せないかもしれないという恐れを抱いていた。でも、今から考えると、その時は自分がそう思っていただけで、それなりに良い時期だったのだろうと思う。
 ではどうしてそのように自分が暗闇の中にいるように思っていたのかといえば、単に世界をみる視野が狭かっただけだったのだろう。・・・大学院生のとき韓国・ソウルに語学留学したとき、同じクラスの仲間たちの多くは試験が近づくと無事及第するか追いつめられた気持ちでいた。私も友人が遊びに来る日程を変更してもらうなどして試験準備に備えてピリピリしていた。友人は「試験で悪い成績をとったら何が困るの?」とあきれていた。確かに単なる語学留学。大学院に戻っても日文専攻の私は韓国留学分がプラスに働くわけではない。ただ、そのときの私の生活は語学留学の学校生活が生活(世界)の全部とはいわないまでもほとんどであったから、その価値体系しか見えなくなっていたのだと思う。
 別のコミュニティから見れば、なぜそんな振る舞いをするのか、なぜそのように自分を追い詰めているのか、なぜそのように後ろ向きばかりに考えるのか、あきれることが多いのだろう。それが、同一人物の場合は、別の時代からみるとあの時代はああだったなあ、と気づくことになるのだと思う。
 そして、やっかいなことには、暗闇の真ん中にいる(と思いこんでいる人)には、いくらまわりが言葉を投げかけても、自分が世界をみる視野が狭いのだと、なかなか気づくことができない。
では、どうすればよいのか。・・・「ほかの世界」をみれば良いのだ。
2010/04/04(日) 20:01 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
「新天地」に来てから一年が過ぎた。「一巡り」してようやくこちらの校務のディシプリンを掴むことができたように思う。これから二巡りめ。それでも時々迷うこともあるかもしれない。
 先日は神戸に行き、前任校の卒業式でゼミ生を見送った。ゼミ生のご父兄の方ともご挨拶をした。新学科の一期生だったから、教員たちも試行錯誤しながら「勢い」でとにかく四年間進んだという感触だ。先日東京芸大院の修士課程(第一期生)のアニメーションの内覧会に出席させていただいたが、同大学院の教員の方も「国立初のアニメの院」という看板の中でやはりただ夢中で過ごしたというようなことをおっしゃっていた。
 本務校に戻ってからは、こちらでのゼミ生を見送った。前任校ではゼミの担任が教室で卒業証書を手渡していたがこちらは学科長が渡していた。しかも場所は武道館。人混みにまぎれ会えないままのゼミ生もいた(したがって、そのゼミ生からは後で卒業の挨拶メールが届いた)。卒業といえば、前任校で数年前に卒業したゼミ長さんから近況(結婚)のメールもいただく。同期のゼミ生たちの近況がわからないと言っていた。卒業後もゼミ生同士が「同志」でいられるような場をつくりたいと思う。私は大学院時代の仲間が集まる場(留学生もいて、めったにできない)がとても楽しい。
 大学で学科HPと自分のHPを更新した。前任校と本務校の卒業研究、卒業論文をUPした。作曲の「巡り」は音量をできるだけ大きくして聴いてほしい。

2010/04/02(金) 20:35 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
入試シーズンである。大学に出校して、同僚と同じ部屋に待機していても、教職員さんが歩く音やドアの開閉の音でびくりとする。みなさんなにか不都合が生じたのか、と考えてしまうからだ。職員さんはよく心得ていて、わざと慌てて部屋に入ってきましょうか、などと笑う。うちの大学は、教職員の方全般にユーモアがあり、とても雰囲気が明るい。とても良いカルチャーだと思う。
 出校していなくても連絡待ちの待機。もちろん私も連絡するため、昨日は同僚の先生のご自宅に電話。いつも連絡がつくように気をつけていなければいけない。
 緊張が続いているためかこの4日で髪の毛がグレイになってしまった。
2010/02/13(土) 11:38 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
卒業するゼミ生の親御さんから、素敵なカードをいただいた。職場宛にご送付いただいていた。
 親としては、四年間の大学生活を終え社会に旅立ってゆく子供の姿をみて、いろいろな想いを感じていらっしゃることだろう。教員の私でさえ、卒業して社会に出る学生をみては「この子たちもこれからは社会人になるのだな」となんともいえない気持ちだ。
 いただいたカードには、親としては子供の姿をただ黙って見守るしかないのかしら、とあった。
 ・・・まだ少ないけれど学生を何十人か送り出してきた立場から私が思うことは、親の言葉は子供にとても大きな影響力を与えてしまうこと、そして二十歳前後の学生には、自分にとってどんな進路が良いのかどうか判断はできにくいこと、だ。だから親は助言をするし、それが子供にとって指針となることもある。だがその助言が「そんなことすると、将来こうなってしまうかもしれないよ」という脅しのように働いてしまうケースもある。私はこれまで、親の助言を内面化し、自分の希望を我慢し燻っているような学生に少なからず出会ってきた。
 あたりまえのことだけれど子供は一人一人異なる。ときには、子供の言うことは甘い考えにしか聞こえないかもしれない。心配だからこそ、助言をすべきと考えるかもしれない。でもどうか「世間」との比較などではないかたちで、その子にとってよい選択ができるように、ただ子供を温かく見守ってほしい。
2010/02/12(金) 11:17 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
先週は、2つの大学のゼミで口述試験があり、30本あまりの卒業論文について学生と面談した。
今週は、大学院で口述試験が2日間にわたってある。今日は、3本の修士論文を再読したら日が暮れてしまった。
 先週、今週と、卒業を予定している学生から数人、卒業後についての相談がくる。優秀な学生も、なぜか就職先が決まっていない。決まった場合には、報告してもらうことにしているが、そうでない場合は、基本的に就職については尋ねないようにしている。しかし、複数の教員と行う口述試験の場合、話題は「今後」について及ぶ。学生にとって、前向きになるのは、結構大変な時代なのだろうと思う。
2010/01/27(水) 23:08 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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