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最近、タイム・トラヴェルものの小説や映画がとみに散見されるようになった。たとえばある批評家はいわゆる仮定方過去完了を意識して小説を書いている。「もしあの時~していれば、~だったろうに」という型だ。どんな「成功者」でも、昔別の振る舞いをすれば、現在にあり得たかもしれない自分について思い馳せるというのだ。
 後になって振り返ってわかることはたくさんある。たとえば二十歳の頃の自分。私はぬかるみを歩いているような気分だった。このままトンネルの中から抜け出せないかもしれないという恐れを抱いていた。でも、今から考えると、その時は自分がそう思っていただけで、それなりに良い時期だったのだろうと思う。
 ではどうしてそのように自分が暗闇の中にいるように思っていたのかといえば、単に世界をみる視野が狭かっただけだったのだろう。・・・大学院生のとき韓国・ソウルに語学留学したとき、同じクラスの仲間たちの多くは試験が近づくと無事及第するか追いつめられた気持ちでいた。私も友人が遊びに来る日程を変更してもらうなどして試験準備に備えてピリピリしていた。友人は「試験で悪い成績をとったら何が困るの?」とあきれていた。確かに単なる語学留学。大学院に戻っても日文専攻の私は韓国留学分がプラスに働くわけではない。ただ、そのときの私の生活は語学留学の学校生活が生活(世界)の全部とはいわないまでもほとんどであったから、その価値体系しか見えなくなっていたのだと思う。
 別のコミュニティから見れば、なぜそんな振る舞いをするのか、なぜそのように自分を追い詰めているのか、なぜそのように後ろ向きばかりに考えるのか、あきれることが多いのだろう。それが、同一人物の場合は、別の時代からみるとあの時代はああだったなあ、と気づくことになるのだと思う。
 そして、やっかいなことには、暗闇の真ん中にいる(と思いこんでいる人)には、いくらまわりが言葉を投げかけても、自分が世界をみる視野が狭いのだと、なかなか気づくことができない。
では、どうすればよいのか。・・・「ほかの世界」をみれば良いのだ。
2010/04/04(日) 20:01 UNARRANGEMENT PERMALINK COM(0)
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