テストの採点をしている。昨年と同様、松浦理英子の小説で気に入った文章とその理由を書かせる問題を出題したが、うならせる文章を書く学生さんが多く、ついつい読みこんでしまう。
私は、(私的な場:つまり雑談の場では)、不毛な恋愛をすることに対しては、ずっと肯定することができなかった。でも、学生たちの文章を読んでいると、どんなかたちのものであれ、恋愛=特定の人間と深く付き合うことによって、学生たちが人間的成長していることが想定される。「世間の男女がしたがっているのは、しち面倒臭くなく傷つかない恋。手軽で心地よい恋。重荷にならない恋なんですよ」に共感し自ら傷ついた過去を思い出す人、「人と恥部で繋がることで親密になろうとする」という文章で心臓を鷲掴みにされたような気分になったような人など。
恋愛というのは、人と深く付き合うことだとすれば、それが上手くゆかず傷ついても、傷つくことを恐れずに人間関係を築くことにチャレンジし続ければいいのではないか、と、思うようになった。
この頃、出会いというのは、誰と誰であるかという組み合わせにも拠るけれども、自分や相手の成長のタイミングにも拠るのだと、つくづく感じる。以前の自分は、相手の良さを気づかなかったけれど、現在の自分は以前の昔より成長していて、相手の良さを気付くことができるようになった、など、よく耳にするからだ。
学生たちに、素敵なことを伝えられるように、もう少し頑張って研究しないといけないなあ、と思う。
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