研究に没頭すると心臓の鼓動がいつもより大きく聞こえるような気がする。日常生活は霧がかかっているような気がする。ふりはらうために散歩に出かける。
思うところがあって、研究者仲間にメールを送ってみた。折しも、その人は、昨日啓示のようなものを受け、何もかも見えるようになった気持ちになった、と返事がきた。
小説テクストと懸命に貪欲に対話をしていると、ある日何もかも見えてくるような瞬間に出会うことがある。もちろん,そのような気がするだけのことかもしれない。それは単に、テクストがもたらす快楽なのだろうか?
知り合いの芸術系アニメーション作家さんが、なぜアニメーションを作り続けるのかという問いに「悪魔が見たい」というようなことを答えていた。
その心境は、とてもわかる。
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