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妥協することの後味の悪さ
忙しさから、いろいろなことを保留にしてきたように思う。
たとえば、自分が本当はこうしたい、と思っても、まわりに妥協し、それならば、とその決定を少し先にした。
それを何度繰り返したことだろう。
その少し先になっても、まわりが言うようには状況は変わらないだろうと、諦めながら。
そのたびに、後味の悪さがひどく残った。
その後味の悪さは、たとえが適切かどうかわからないが、自分の手で自分自身をモノ化しているような感触だった。それは決して消えることなく胃の中に沈殿していったようで、レントゲンで写したら、小さいけれど明瞭に写し出されるのではないかと思われた。
いろいろ考えてみると、まわりに妥協することを協調性と誤認してきた部分もあるように思う。
先日、大学院時代の先輩に会い、いろいろな話を伺うことができて、助言もいただいた。
日々のいろいろな決定は、長期的にみても、たいした事柄ではないし、たいした決定でもない。でも、何度も妥協したことで何も生み出してこなかったし、何も変わらなかったのだと、強く認識した。
そして、もう決定を保留することで、自分を損なってゆくようなことは、これからはやめようと思った。
この夏は、山中湖のゼミ旅行(学部)、広島国際アニメーションフェスティバルに行ってきた。
これから、水戸への校務出張、北海道出張、再び山中湖へのゼミ旅行(大学院)、さらにもう二つほど映像研究の出張が入る予定。発表や論文や書評のしめきりがじわじわと確実に迫ってきて、やはり余裕がないけれど(笑)。
2014/08/27(水)
09:19
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